文学と芸術
作家の絶望と希望 − 角田光代さん「信じているものではなく、信じたいものを書く」

Glass Story
数年前、あるラジオ番組で、「これまでで一番思い出に残っている先生は」という質問に、作家の角田光代さんは、子どもの頃は教師にも嫌われていたし、角田さん自身もほとんどの教師のことが嫌いだった、と言う。
教師と関わった記憶がない。
だから、影響を受けた教師と言うと23歳で作家としてデビューしたあとに出会った編集者だと、角田さんは言う。
そのとき編集長だった一人の老編集者が、デビュー以降、10年以上売れなかった角田さんに言ったという言葉が、とても印象的であった。
その編集長は、一緒に飲みにいったときに、「あなたの書くものは、ほんとに厭世的だ」と言った。「これだけ世を嫌ったってしょうがないよ。今世の中に残ってる小説は、全部希望を描いてる」
だから、もしあなたが読まれたいと思うのなら、世に作品を残したいと思うのなら、希望を描きなさい、と。
そのときの角田さんは、何を言われたかよく分からず、ただ私に駄目出しがしたいだけなんだろうな、と思った。
でも、それからしばらくして、あるとき、ある瞬間、その言葉にパーンと気付かされたのだと言う。
─── 私が「何を信じているか」ではなく、「何を信じたいか」を書けばいいんだ。
そして、『対岸の彼女』という小説を彼女は書き上げた。
それまでの私だったら、二人は仲違いし、別れたまま別々の道を歩んでいった。そうじゃない、今信じていることではなく、信じたいことを書こう。もうちょっと歩み寄っていってもいいじゃないか、と彼女は思うようになった。
絶望ではなく、ほんの少し、雲の隙間から希望の日が差し込むようなエンディングが増えた。
信じていることではなく、信じたいことを書く。
素敵な言葉だなと思う。
もちろん、絶望をそのまま書く、という作家もいる。書くことで、作家は辛うじて絶望を引き連れながら生きていく。
読者は、その作者と、作品を通して絶望を共有する。
絶望を一人で抱え込めば確かに絶望のままだが、「絶望である」ということを共有できれば、分かち合えれば、それは絶望ではない。
そういう「作品」の形もある。
一方、絶望を内側に留めながら、まるで植物が世界の汚れた空気を浄化してくれるように、希望を吐き出す。そういう作家もいる。
どちらも、素晴らしい「作家」だと僕は思う。
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